八尺只烏

あくまでの意見論評  適当なメモを残すブログです

イルミナティカード 153 Nevermore

『大鴉』(おおがらす The Raven

 

あるわびしい夜更け時 わたしはひそかに瞑想していた
忘却の彼方へと去っていった くさぐさのことどもを
かくてうつらうつらと眠りかけるや 突然音が聞こえてきた
なにかを叩いているような音 我が部屋のドアを叩く音
いったい何者なのだろう 我が部屋のドアを叩くのは
それだけで 後はなにも起こらなかった

はっきりとわたしは思い出す 12月の肌寒い夜のことを
消えかかった残り火が 床にあやしい影を描いた
夜が明けるのを願いつつ 書物のページをくくっては
わたしは悲しみを忘れようと努めた レノアを失った悲しみを
類まれな美しさの少女 天使がレノアと名づけた少女
彼女は永遠に失われたのだ

紫色のカーテンの かすかな絹のさやめきが
それがわたしを脅かし 感じたことのない恐れで包んだ
震える心を静めるため わたしは立ったままつぶやき続けた
誰かが部屋の扉をたたき 中へ入ろうとしている
深夜に部屋の扉をたたき 中へ入ろうとしている
そうだ それ以上ではない

やがて気持を持ち直し ためらうことなくわたしはいった
紳士にせよ淑女にせよ 是非あなたのお許しを請いたいと
だが実は夢見心地で あなたの近づくのを感じていた
あなたは軽い足音をたて わたしの部屋の扉を叩く

あまりにかすかで聞き取れぬ音に わたしは扉を開け放った
扉の外は闇で 他にはなにも見えなかった

深い闇の中を覗き込みながら わたしはいぶかり立ち尽くした
誰もあえて見ることを 望まない夢のような気がして
沈黙は破られず 闇には何の兆候も見えない  

ただひとつ言葉が発せられた レノアとささやく言葉が
わたしが発したその言葉は 闇の中をこだまする
これだけで 後は何も起こらなかった

心を熱くたぎらせながら 部屋の中に戻っていくと
再びこつこつという音が聞こえた 今までよりも大きな音が
たしかにこれは だれかが窓格子を叩く音だ
いったい何事が起きているのか その様子を確かめてみよう
心をしばし落ち着かせて その様子を確かめてみよう

だがそれは風の音 それ以上ではなかった
わたしが格子を押し開けるや バタバタと羽をひらめかせて
大きな烏が飛び込んできた 往昔の聖なる大鴉
傲岸不遜に身を構え ひとときもおとなしくせず
紳士淑女然として 扉の上にとまったのだ
わたしの部屋の扉の上の パラスの胸像の上に
とまって座って それだけだった

この漆黒の鳥を見て わたしの悲しみは和らいだ
気品に溢れた表情が おごそかでいかめしくもあったゆえに
お前の頭は禿げてはいるが 見苦しくはないとわたしはいった
夜の浜辺からさまよい出た いかめしい古の大鴉
冥界の浜辺に書かれているという

お前の名はなんと言うのか  

大鴉は応えた ネバーモア

この無様な鳥が明確にものをいうのに わたしは大変驚いた
たとえその言葉には意味がなく 何を言っているかわからぬとしても  

だがこんな鳥が自分の部屋の 扉の上にいるのは素敵だ  

扉の上の胸像の上に 不思議な名前の鳥がいるのは  

ネバーモアという名の鳥が  

大鴉がいったのはただそのひとこと 塑像の上に孤立しながら  

その言葉にまるで 己の魂をこめたように  

それ以上大鴉はものいわず 羽を動かすこともなかった  

そこでわたしはつぶやいたのだ 以前にも同じようなことがあった  

それは夜明けとともに去ってしまった 希望が去っていったように  

すると大鴉はいったのだ 

ネバーモア  

かくも時を得た答えに 沈黙が破られたのに驚き  

わたしはいった 疑いもなく 

これがこの鳥のただひとつの言葉  

それは不運な飼い主から教わった言葉 

 

そうだその男は  過酷な運命によって 

これでもかこれでもかと打ちのめされ   

もはや口に上る言葉といえば ただひとこと  

ネバー ネバーモアのみ  

それでも大鴉がこの哀れな心を 慰めてくれようとするのを見て  

わたしは大鴉の目の前に 安楽椅子を引いていっては  

深々とクッションにうずまりながら あれこれと想像を回らした  

この大昔の不吉な鳥は 陰鬱で 無様で いやらしい   

この不吉な鳥はわめきながら いったい何を言いたいのかと  

ネバーモアということばで  あれこれと思い測りつつ 

一言も発することのないうちに  

大鴉の目の炎が わたしの心の中にまで燃え広がる  

それでもわたしは考え続ける 頭を椅子の背に凭せかけながら  

その椅子の背にはランプの光が ビロードの生地を照らし  

そのランプの光に照らされた 椅子の背には彼女が  

もう身をゆだねることはないのだ  すると空気が密度を濃くし 

どこからともなく匂いがただよい  香炉を振り回す天使たちの 

足音が床に響く  

やれやれこの天使たちは 神がわたしに差し向けたのか  

この匂いはレノアへの思いを 和らげるための妙薬の匂いか  

この妙薬を飲み干せば 辛い思いが忘れられるのか  

大鴉が答えた 

ネバーモア  邪悪な預言者よ 

鳥であれ悪魔であれ  誘惑者であれ 難破した漂流者であれ  

孤高で不屈なものよ どうか言ってくれ  

この呪われた砂漠のような地に 幽霊たちの住処のような家に   

果たしてギレアドの香木が 存在するかどうか言ってくれ  

大鴉は答えた 

ネバーモア  邪悪な預言者よ 鳥であれ悪魔であれ  

あの聖なる天蓋にかけて 父なる神の名にかけて  

この悲しみに打ち沈んだ魂にいってくれ はるかなエデンの園のうちで  

天使がレノアと呼んだ娘を 果たして見ることがあろうかと  

かの類いまれな美しき少女 天使がレノアと呼んだ娘を  

大鴉は答えた 

ネバーモア  もうたくさんだ わが仇敵よ 

わたしは飛び上がって叫んだ  去れ 嵐の中へ 

または暗黒の冥界の海辺へ  形を残さずに消えろ 

お前の言葉の余韻も残さず  わたしを孤独の中に放っておけ 

その場から消えていなくなれ  

わたしのこころを静かなままにして その場から消えていなくなれ  

大鴉は答えた 

ネバーモア  すると大鴉は飛び回ることなく 

じっと動かずにうずくまったまま  扉の上の塑像の上に 

乗ったままの姿勢を保ち  目はうっとりと閉じられて 

夢を見る悪魔のよう  ランプの光に照らされて 

身は床の上に影を落とし  

わたしはその影の中から 抜け出そうとするが  

もはや抜け出すこともままならないのだ